Goods Press Back Number
My Own Toy Box
連載第02回
ライツはライカを作ったメイカーである。かつては35ミリカメラの代名詞のような存在であったが、日本製カメラの台頭により、世界全体からみれば一部マニアのためのカメラという感じは否めない、これは話であろう。とはいえ、ライカの足跡を否定する人はいないだろう。なにしろ現在主流の35ミリカメラ。その直接の先祖なのだ。
ライカ以前にも35ミリ幅のフィルムを使うカメラはあった。しかし、映画用フィルムを使うスティルカメラとしての精密さはもちろん、フィルムの性能もまだまだだったために、どれも主流には成り得なかったのだ。
最初のライカが世に出たのは1925年のことであった。ライツ社のカメラということで、ライツの「ライ」とカメラの「カ」をつないでライカと名付けられた。最初は映画用フィルムを専用のマガジンに詰めて撮影していたが、後にパトローネ入りのフィルムが売り出され、その規格が現在まで続いている。また画面サイズは当時のフィルムや引き伸ばし技術を考慮し、映画の撮影画面の倍に設定された。これまた現在までそのまま続いている。かつていわゆる35ミリフルサイズがライカ判と呼ばれた由縁である。
ついでに言えば、元々の映画用画面サイズは、スティルカメラの世界ではハーフサイズと呼ばれている。けれども、これがオリジナルであると考えれば、映画判がレギュラーでライカ判はダブルと呼ぶのが本当なのかもしれない。
ライカが優れているのは、そのボディの確実性とレンズの描写力よえと、これは言ってよかろう。ツァイスとしばしば比較されるが、各社それぞれに一長一短で甲乙付けがたい。自分の好みで選べばよいことである。そのライカの眼とも言うべき双眼鏡を、第二次大戦中にドイツ兵は腰に付けていた。ジャーマングレイの無骨な一体成型の小さなボディながら、8倍の倍率と38ミリの口径による大きな視野を持っていて、頑丈そのものだ。
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