中山蛙のレイス日記
菅生6時間耐久 2002年7月6−7日
この前の土日は、菅生で恒例のミニバイク6時間耐久レースに行ってきました。うちの近所の仲間3人で走りました。
土曜日の練習走行一本目は、バックストレイト1/3くらいで既に吹け切ってしまうかわりに、うちのマシンでいつも苦労するホウムストレイトの登りはけっこう登る(いつもは、ここでどんどん抜かれる)のが嬉しい。トップスピードが大したこと無い分、タイムはそこそこ。しかし、何だか行けそうな予感(^_^;)。
練習走行2本目は、ドライヴギアを15丁から16丁に上げてトライ。今度はまるで坂を登ってくれず、いつものマシンに戻ってしまった感じ。第一ライダーの吉田くんは、15丁のときと同タイムだが、僕は体重が災いして(というよりも、僕の乗り方にコーナーでのギア比が合わないことの方が大きかった)1回目よりも2−3秒遅いタイムしか出ない。しかも、あと2周くらいで走行終了というあたりで、(僕が乗っているときに)ガス欠。レッカーに乗る。
1回目と2回目は、希望者だけの有料練習走行だったのだが、3回目は公式練習で、このときでセッティングを決めねばならない。ドライヴギアは16丁のままにして、ドリヴンギアを37丁から39丁へと上げて、1回目と2回目の中間のギア比にする。これで吉田くんは今までで一番良いタイムが出たので、明日はこれで行くことにして、土曜日は終了。
晩飯は、また仙台でいつもの牛タン屋。牛タン焼きとテイルスープで飯を食う。宿泊はサーキットホテルの「くぬぎ荘」。
日曜日は、朝8時から予選。台数が多いのでA組とB組とに分かれて行う。ここで、エキスパンションチャムバーを仲間から借りて試す。今年の我々のチャムバーはデイトナなのだが、以前お馴染みだったチャウチャウを付けて予選を走った。なんと、一気に4秒もタイムアップ。結局、チャムバーの特性がこのサーキットに合ってなかったのだ。予選を走ったのは、第1ライダーの吉田くんで、ストレイトでけっこう早くから吹け切ってしまうとのことで、ドリヴンギアを37丁に戻して決勝に向かう。予選は123台中55位。
11時、決勝スタート。新潟から駆けつけてくれた片岡くんと、東京のFDオフィスの西村さんの、二人がピットクルー。吉田くんはバイクのセッティングが当たりのようで、快調に飛ばす。
約1時間ずつの走行で、交代しながら走る。2時間走る本の少し前に丁度ガスがメインからサブに切り替わったので、2周して僕から第3ライダーの太郎ちゃんへ交代。同時に給油。この時点で順位は44位。しかし、このギア比では、結局土曜日の練習走行1回目のように坂を登らない。吉田くんは一番良いタイムが出ているのだが、僕も太郎ちゃんも苦労する。
もうすぐ4時間になるところで、吉田くんがいきなり大幅なタイムダウン。
シケインで転倒したのだった。
新しいカウルと塗り変えて新品のようになったバイクを見ながら「最初にこれをキズにするのは誰だろうね」と昨日吉田くんが言ったから「そんなのキミに決まってるじゃないか」と半分冗談(だが、可能性が高い)で言ったのが、そのまま本当になってしまった。 左のステップを修理して、ガスも給油して、走り出したら、なんだかフロントスクリーンの内側に水滴が付いている。
何故と思いつつ2周目にかかったあたりでラジエイターから蒸気が吹き出した。 慌ててピットイン。タンクを外し、蒸気でやけどしないように気をつけながらラジエイターキャップを外す。少し冷ましてから給水。タンクを付けて再スタート。
コックを開けてなかったので、すぐにガス欠、コックを開けるがすぐにはエンジンがスタートしない。バイクを揺すって押すと、今度は掛かった。
しかし、水温が90度から下がらない。吉田くんが転倒するまえから、水温計は「H(ヒート)」になっていたというから、何かどこかに原因があるのだろうが、もうしかたがない。 水温計に注意しながら走るしかない。
こんな調子の大幅なロスと、吉田君以外はギア比が合わず、特に坂を登らないのに苦労しつつ。ゴールまで走り完走。
4時間経過時には61位、5時間経過時には71位、そしてそのままの順位でゴール。今年の耐久は終わった。
天気は、雨と言われながら、しかも雨男の太郎ちゃんが居たにも拘らず、土曜日は曇り、日曜日は午後3時くらいまで晴れ、以後は曇りという絶好調でした。
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